特許庁 審判部発行「進歩性検討会報告書2007」(平成20年3月)(特許庁のWEBサイトに3月31日付けで記載)を読んで
当報告書では、特許出願のうち拒絶(または特許無効)が確定したもの(特許が確定したものは除外されている点に注意)に関し、分析が行なわれている。
リパーゼ判決に関連する事案について、以下のように述べられている。
『7.検討事項及び検討結果
(1)検討事項1
本件補正発明は、第1のデータストレージファシリティと第2のデータストレージファ
シリティとを有するシステムにおいて、両者を切り離した上、第2のデータストレージフ
ァシリティを第2のアプリケーションに接続することを可能としたものであるが、この第
2のアプリケーションとは、バックアップというよりも、むしろシミュレーション等とし
て用いることを技術思想としているものである。一方、審決では、ディスク装置(データ
ストレージファシリティ)が二重化された計算機システムにおいて、両者を切り離した状
態にして、一方のディスク装置に対するバックアッププロセスを行うことは周知であると
し、本件補正発明における当該事項は、当業者にとって容易である旨判断したが、これは
妥当なものであるか。
【検討結果(主な意見等)】
①クレームは、いわゆるリパーゼ事件における判例のとおり、原則その記載どおり認定す
ることが確立された運用である。そして、本件補正発明における第2のアプリケーション
は、その記載からバックアッププロセスを包含すると解釈でき、これを排除するものでは
ない。したがって、審決及び判決が周知のバックアッププロセスを第2のアプリケーショ
ンに相当するものとして判断を行った点に問題はないと考えられる。
②一方で、リパーゼ判決の議論とは前提が異なるのではないかとの意見もあった。すなわ
ち、リパーゼ判決においては、特許請求の範囲に記載された「リパーゼ」が「Raリパー
ゼ」に限定されるかどうかの議論であり、この場合において「リパーゼ」は、「Raリパー
ゼ」と「Raリパーゼ以外のリパーゼ」の両方を含む意味をもつことが社会通念上あるい
は技術上明らかであった。一方、当該第9事例における議論は、「第2のアプリケーション」
がどのような思想・技術的意義を持つかに関する議論であって、「第2のアプリケーション」
の文言からだけでは、その内容を把握することはできないから、明細書の記載内容を吟味
した上でその技術的意義を画定しなければらなかったのではないかとの意見もあった。
③また、「第2のアプリケーション」の文言にかかる発明の要旨認定にあっては、リパーゼ
判決にいう「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができな
い」場合にあたるのではないかとの意見もあった。
・・以上のように、議論となった原因は様々であるが、いずれにせよ、本願発明の認定は、
特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない等、特段の
事情がない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてなされることが原則として確立してい
る。したがって、本願発明の認定に当たって発明の詳細な説明の記載を参酌した上で、こ
れを限定解釈すべきであるとの主張は、通常受け入れられないことに留意すべきである。
また、特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項については、作用、
機能、特性、製造方法等、様々な方法で記載することが可能であるものの、そのような表
現による発明の要旨認定に当たっては、それらの表現に該当するすべての物を意味してい
ると解されるため、当初自らが想定する物以外のものも含まれ得る可能性があることに注
意すべきである。』
【考察】
(1)リパーゼ判決により、審査段階におけるクレームの文言解釈の基本的な考え方に関しては、一応のルール付けがなされた。
(2)しかしながら、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない等の特段の事情」とは具体的にはどのような事情をいうのかなど、議論の種は尽きない。
(3)また、「特許請求の範囲の記載に基づいて」とは言うものの、記載からどのような解釈をするのかは人により分かれる。クレームに用いる用語として多義語が存在することからも、それは当然である。当報告書の、「当初自らが想定する物以外のものも含まれ得る可能性があることに注意すべきである。」の言葉はまさにその通りであるといえる。
たとえば「表示手段」という文言が特許請求の範囲に記載されている(そして実施例ではモニタ画面がそれに対応している)ときに、ある人は視覚による表示に限るものと「表示手段」を解釈するであろうし、音声による表示を含むと解釈する人もいるであろう。どちらの判断が正しいのか、結局のところ明確ではない(そのため、実務では予測不可能なことが多々生じる)。
[TY(弁理士)]