平成17年(行ケ)第10608号特許取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成18年06月20日
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2 取消事由2(本件訂正の適法性判断の誤り2)について
(1) 原告は,本件各発明は,先行技術と重なるために新規性(特許法29条1項)を失うおそれがあり,そうでなくとも,先行技術と重なるために進歩性(同条2項)を失うおそれがあるところ,先行技術と重なるために,新規性,進歩性を失うおそれがある場合に,そのおそれを取り除くため,先行発明との重なりを除く訂正は,いわゆる「除くクレーム」として,明細書に記載した事項の範囲内のものであると扱われて適法である旨主張する。
(2) 新規事項に関する審査基準(甲13)の第Ⅲ部第Ⅰ節4.2(4)の「除くクレーム」の項には,「『除くクレーム』とは,請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,補正により当初明細書等に記載した事項を除外する『除くクレーム』は,除外した後の『除くクレーム』が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には,許される。なお次の(ⅰ)(ⅱ)の『除くクレーム』とする補正は,例外的に,当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。」との記載があり,(ⅰ)として,「請求項に係る発明が,先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,当該重なりのみを除く補正。」と記載され,(説明)の欄には,「上記(ⅰ)における『除くクレーム』とは,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,特許法第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。」,「(注1)『除くクレーム』とすることにより特許を受けることができるのは,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合である。そうでない場合は,『除くクレーム』とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどないと考えられる。」との記載がある。
上記記載によれば,「除くクレーム」とは,審査,審判の段階において,対象となる発明の新規性に関して,当該発明の特許請求の範囲と公知技術との構成の一部が重なる場合に,本来であれば,構成が同一であるため新規性を欠くとの査定となるところ,当該発明が公知技術と技術的思想としては顕著に異なり,しかも進歩性を有する発明であるのに,たまたま公知技術と一部が重複しているにすぎない場合には,例外的に,特許請求の範囲から当該重複する構成を除く補正をすることを許すという取扱いをいうものと認められる。
(3) 上記取扱いは,一定の例外的な場合に,特許請求の範囲から重複する構成を除く補正を許すというものであると解されるところ,本件における原告の主張は,上記取扱いが訂正の場合にも妥当するとした上,これに従い,本件訂正によって,先行技術との重なりが除かれること,すなわち,特許発明の鉄系材料を,本件訂正事項である「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない」とすることによって,引用発明と本件発明1との重なりが除かれることを前提とするものであると解される。
そこで,検討すると,このように先行技術との重なりを除く訂正を,いわゆる「除くクレーム」として,明細書に記載した事項の範囲内のものであると取り扱うことの当否はさておき,本件においては,原告の上記主張のよって立つ前提そのものを欠くことは以下のとおりである。
すなわち,本件訂正事項は,鉄系材料におけるアルミニウムについて,「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない」とするものであるところ,上記1のとおり,本件特許明細書の記載はもとより,本件出願時の当業者の技術常識,その他弁論の全趣旨を参酌しても,鉄系材料におけるアルミニウムの含有量が「不可避的不純物として含まれる量を超える量」が,どのような量であるかが明確であるとは認められない以上,本件訂正によって,「アルミニウムを0.03-0.1%(好ましくは0.03-0.07%)」含むという引用発明との重なりが除かれるとは,直ちには,認めることができない。
そして,脱酸剤として添加されたアルミニウムも不可避的不純物という場合があるという上記1(5)の当業者の技術常識に従うと,アルミニウムが脱酸剤として添加される場合,最終製品の性質に対する影響から,その割合が0.1パーセント以内に限る趣旨の記載が先行技術に係る公開特許公報等にみられること(上記1(4)ア(エ),同ウ(イ),エ(イ),オ(イ)等)からも,引用例のように,鉄系材料に0.03パーセントから0.1パーセントのアルミニウムを含む場合も,「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない」場合であるともいい得るのであり,この意味でも,本件訂正事項により引用発明と本件発明1との重なりは除かれていないこととなる。
したがって,本件訂正事項は,鉄系材料におけるアルミニウムの含有の点について,引用発明と本件発明1との重なりを除くものであるとは認められないのであるから,重なりが除かれることを前提とする原告の主張は,そもそも,その前提を欠くものであり,その余の点について検討するまでもなく,採用の限りではない。
(4) また,いわゆる「除くクレーム」についての上記取扱いは,上記(2)の審査基準の(注1)のとおり,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合に許されるとされており,補正の有無にかかわらず当該先行技術と技術的思想が顕著に異なる発明について許されるとされているものと解される。本件において,鉄系材料におけるアルミニウムの含有について,本件訂正事項のように限定することは,本件特許明細書に記載していない事項であるし,そのような限定が,本件特許明細書から自明な事項であるともいえないことは前示のとおりであるから,上記取扱いによる本件訂正の適法性をいうためには,原告は,鉄系材料におけるアルミニウムの含有についての限定がないと解される本件発明1について,先行技術である引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する旨の主張・立証をすることを要すると解されるところ,原告は,鉄系材料について「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない」発明と引用発明との技術的思想の違いを主張するのみであって,この点でも原告の主張は,理由がない。
(5) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張は理由がない。
【メモ】
平成18年06月20日 時点での「除くクレーム」に関する適否の判断。
審査基準に従った判断をしながらも、「このように先行技術との重なりを除く訂正を,いわゆる「除くクレーム」として,明細書に記載した事項の範囲内のものであると取り扱うことの当否はさておき・・・」との見解が示されている。
椿特許事務所
弁理士TY