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(2)対比
ア 意匠の類似範囲
意匠の類否の判断は,当該意匠に係る物品の看者となる取引者,需要者において,視覚を通じて最も注意を惹かれる部分である要部を対象となる意匠から抽出した上で,登録意匠と被告意匠とを対比して,要部における共通点及び差異点をそれぞれ検討し,全体として,美感を共通にするか否かを基本として行うべきものである。そして,上記の判断に当たっては,当該意匠の出願時点における公知又は周知の意匠等を参酌するなどして,これを検討するのが相当である。
イ 公知意匠等
本件意匠の出願時点で公知であった衣料用ハンガーの意匠として,証拠(乙1~3)によれば・・・・
・・(中略)・・
ウ 本件意匠の要部
本件意匠は,その意匠に係る物品が衣料用ハンガーであり,通常の使用時において,衣服を吊り下げるときには,必然的にハンガーと向き合ってその正面側ないし背面側を見ることになることからすれば,正面側ないし背面側から見た外観の全体が看者である利用者の注意を惹くものであるというべきである。
原告は,本件意匠の平面側において1本のワイヤーがループ状になり,略直線状の肩支持部の先端に連なり,ワイヤー間隔が先端に向かって広がっていき,最先端で丸まっているとのハンガー本体のワイヤーの形状についても,注意が惹かれるものであると主張する。
しかしながら,ハンガーの利用者が通常の使用時において,ハンガーの平面側の形状に着目するとは認め難いこと,原告の主張する上記平面側におけるハンガー本体のループ状の形状は,いずれも乙1及び2意匠に表れていることから,本件意匠の平面側の形状が利用者の注意を惹くものと認めることはできず,原告の上記主張を採用することはできない。
また,原告は,首部に懸装された半円状の薄板を要部でないと主張し,仮に,これが要部であるとすれば,衣料用ハンガーの製品にこのような薄板を付加して侵害を回避できることになって不当であるなどと主張する。
しかしながら,衣料用ハンガーにおいて,上記のとおり,正面側ないし背面側から見た外観の全体に注意が惹かれるのであり,登録意匠において,首部に薄板の外観を伴っている以上,実際にその薄板がブランド名の表示の機能を果たすとしても,薄板を含む正面側ないし背面側から見た外観全体の美感を問題とすべきであることに変わりはない。そもそも,原告の主張する意匠権の侵害回避のために薄板を付加するような事態というのは,当該登録意匠が,本件意匠と異なり,薄板のない構成態様である場合のことである上,このような場合に対象製品が付加工作により意匠権侵害を免れることになるか否かは,対象製品の薄板の形状を含む外観次第というべきであるから,原告の上記主張は,本件事案の反論として失当である。
以上によれば,本件意匠の要部については,正面側ないし背面側から見た吊部及びハンガー本体の形状であって,吊部については,フック部が正面側において円周の左下部が中心角約90度にわたって開放された円弧状をなし,吊下軸部がフック部の最下端に連なり,軸支持部を挿通し,軸支持部が円筒状でその円筒の内部で吊下軸部を支持し,その円筒の外部下端でハンガー本体のワイヤー状の線に前後から挟まれて結合しており,ハンガー本体については,ワイヤー状の線からなる首部が上部に台形状に突出しており,首部に半円状の薄板が懸装され,首部の端から肩支持部に直線状に連なり,肩支持部に連なって先端部が下方に折り曲げたように延在する短い直線状である点であるものと認められる。
・・・(中略)・・・
オ まとめ
上記エの本件意匠と被告意匠との差異点のうち,本件意匠では,首部の正面側の上辺のワイヤー状の線に半円状の薄板が取り付けられているのに対し,被告意匠において,首部5の正面側に本件意匠のような薄板が取り付けられていないという点において,被告意匠は,看者に対して本件意匠と異なる美感を与えるものというべきである。
そして,上記エの本件意匠と被告意匠との共通点のうち,吊部において,フック部及び吊下軸部を備え,ハンガー本体において,首部,肩支持部,先端部を備え,首部が中央に位置して上部に突出し,肩支持部が首部の両側に連なって斜め下方向に直線状に延在し,先端部が肩支持部に連なって肩支持部を下方に折り曲げたように延在する直線状であるとの基本的構成態様は,乙1ないし4意匠にも共通してみられる形状であること,首部が上部に台形状に突出しているとの形状は,乙3意匠にもみられる形状であること,吊部における円筒状の軸支持部は,ハンガー本体の全体の大きさと対比して,特に際立つ存在ではなく,また,その形状が乙4意匠にもみられるものであることに照らすと,上記の共通点は,上記の首部の薄板が欠如するとの差異点を凌駕するほどの影響を看者に及ぼすものとみることはできない。
その余の共通点についても,上記の差異点を凌駕するに足るものということはできない。
以上のとおりであるから,本件意匠と被告意匠とは,相互の共通点の存在にかかわらず,全体として,看者に対して異なる美感を与えるものであると認められる。
【登録意匠】
【イ号製品】
【メモ(現行意匠法)】
(登録意匠の範囲等)
第二十四条 登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基いて定めなければならない。
2 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする。
椿特許事務所
弁理士TY