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(前回からの続き)
C.コメント
 この出願に係る発明は、スパイラル形状(らせん形状)のアンテナ配線の交差部(参考図1の交差部13)に起因するコスト上昇の問題を解決するものである。この出願に係る発明は、複数の独立したアンテナ配線を含むアンテナと、配線パターンを含むプリント配線基板とを接続し、交差部をアンテナ側ではなくプリント配線基板側に設けることにより、アンテナのコスト低減を図っている。この出願に係る発明は、実質的に、スパイラル形状のアンテナに関する問題を解決する発明であるにもかかわらず、実施例ではアンテナ配線がスパイラル形状ではなく、誤って複数のループ形状(環状)の配線になっている。この点が問題となっている。
 技術審判部は、この出願の実施例に記載された複数のループ形状のアンテナ配線は、アンテナとしての技術的な意味をなさないものであると判断している。その上で技術審判部は、たとえ実施例が技術的に誤ったものであっても、全てのアンテナ配線部分を結合した単一ループ形状のアンテナ配線の構成は、明細書の記載に基づいて当業者が実施可能であると判断している。
 ここで、EPC1973 83条には、「欧州特許出願は、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に発明を開示しなければならない。」と規定されている。またEPC1973 施行規則27条(1)(e)には、「明細書には、適切な実施例を用いて、もしあれば図面を参照し、発明を実施する少なくとも1つの方法を詳細に記載しなければならない。」と規定されている。
Article 83
Disclosure of the invention
The European patent application shall disclose the invention in a manner sufficiently clear and complete for it to be carried out by a person skilled in the art.
Rule 27
Content of the description
(1)The description shall:
(e) describe in detail at least one way of carrying out the invention claimed using examples where appropriate and referring to the drawings, if any;
 今回の判断においては、EPC83条の当業者として、レベルの高い当業者が想定されているように感じる。たとえばこの出願において、参考図4に示されるような電気的に絶縁された複数のループ形状のアンテナ配線がアンテナの性能に悪影響を与えるということを、当業者は判断できるであろうか?また、多層プリント配線基板26の配線を、単一のループ形状となるように当業者は変更できるであろうか?おそらく、これらの判断および変更を行うためには、コイルやアンテナに関する高い技術知識を有することが必要であろう。
 一方、日本の特許法36条4項1号には、発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載」すべきであることが規定されている。そして、日本の特許法36条4項1号における「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(いわゆる当業者)の範囲は、進歩性(特許法29条2項)の判断基準となる当業者よりも広いと解される。特許法29条2項では創作能力を問題にするのに対し、特許法第36条4項1号では実施能力を問題とするからである。すなわち、日本では、より低いレベルの当業者であっても発明を実施可能な程度に、明細書を記載することが要件となっている。このことを考慮すると、仮に日本の裁判所または特許庁であれば、今回の欧州の技術審査部とは異なる判断をしたのではないか、と推測する。
椿特許事務所
弁理士IT

Post Author: tsubakipat