Site Loader

特許出願後の審査段階で、拒絶理由に応答するために、実験成績証明書などで実験データを提出することがある。このような、出願後に「後出し」で実験データを提出するという実務が重要性を増してきたのは、新規事項を追加する補正が禁止された平成6年頃であったと記憶している(平成6年1月1日以前の出願であれば、「要旨変更」でない限りで明細書の補正が認められていたため、出願後に明細書に実験データを追加することは比較的容易であった)。審査段階における実験データの提出に関しては、審査基準でも説明されている。
ところでここ数年において、「実験データを出願後に提出しても、審査で見てもらえなかった」、「実験データを出願後に提出してもそれは無駄な努力だ」、というような話を各所で聞くようになった。
特に、注目を浴びた平成17年(行ケ)第10042号特許取消決定取消請求事件(知財高裁の「パラメータ特許事件」大合議判決)判決文における、
「そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。」
との判断も、そのような傾向を後押ししているように感じる。
技術分野にもよるが、基本的には、先願主義に反するような「後出し」の実験データは採用すべきではないと思うし、例えば先行技術との効果の差異を示すためなどの実験データであれば、「後出し」であっても採用する価値があるものと思う。
では、どこでその線引きを行なうべきか?
パテント誌2008年7月号(特集<良い明細書の作成方法>)の「明細書の記載要件に関する考察-実施可能要件・サポート要件を中心として-」(特許庁 調整課審査基準室 山中隆幸氏)の論考では、その「5.実施可能要件の判断における出願後に提出された実験データの取扱い」以降において、実施可能要件違反の拒絶、およびサポート要件違反の拒絶に対して、出願後に提出された実験データの採用が認められたケースと認められなかったケースの比較が記載されており、興味深かった。
本論考にあるように、明細書などに記載のない事項を補うことを目的として出願後に提出された実験データは採用すべきでないし、実施例に矛盾がないことを証明することを目的として出願後に提出された実験データや、当業者が予想できる効果を確認することを目的として出願後に提出された実験データなどは、採用すべきなのであろう。
なお、山中隆幸氏の本論考では、進歩性の拒絶を克服するために提出された実験データの採択の可否については述べられていないが、審査基準には、
「2.9  第29条第2項の規定に基づく拒絶理由通知
 請求項に係る発明が、第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとの心証を得た場合には、拒絶理由を通知する。
 出願人はこれに対して意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる。
 そしてそれらにより、請求項に係る発明が第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとの審査官の心証を真偽不明になる程度まで否定できた場合には、拒絶理由は解消する。審査官の心証が変わらない場合には、進歩性の欠如の拒絶理由に基づく拒絶の査定を行う。」
と記載されており、進歩性を主張するために提出された実験データ(実験条件が審査対象の発明とは明らかに異なるデータなどは除く。)に関しては、基本的には審査において採用・考慮される(少なくとも門前払いになることはない)と考える。
個人的にまとめると、
(1)記載不備の拒絶を克服するための実験データ:
  採用すべき場合と、採用すべきでない場合がある。
  (山中氏論考にあるように、明細書などに記載のない事項を補うことを目的として出願後に提出された実験データは採用すべきでないし、実施例に矛盾がないことを証明することを目的として出願後に提出された実験データや、当業者が予想できる効果を確認することを目的として出願後に提出された実験データは採用すべきである。)
(2)進歩性の拒絶を克服するための実験データ:
  基本的には全て採用すべき
であると捉えている。もし、「実験データを出願後に提出してもそんなものは見ない」とする審査官の実務があるとすれば、審査基準から見てそれは誤りであると思うし、出願人側においても、「実験データを出願後に提出してもそれは無駄な努力だ」と考える必要はないと思う。
椿特許事務所
弁理士TY

Post Author: tsubakipat